大震災から大虐殺へ ~ウリナラファンタジー、超進化を遂げる

わしが反日ハンター・神功正毅ぢゃ。
関東大震災から今日で90年となる。
去年の今日、在特会滋賀支部は近江八幡市立八幡西中学校の1クラスが同年6月8日、都内へ修学旅行中、都慰霊堂(墨田区横網)を訪れ、関東大震災時の朝鮮人虐殺など大震災の歴史(?)を在日朝鮮人から学んだことについて自国・自民族への劣等感を植え付ける最悪の教育であるとしてこれに抗議する街宣を行った。
[緊急] 「国民よ、自虐史観と朝鮮人による虚構を崩壊させよ! 街宣 in 近江八幡」の報告

それから1年、大震災から大虐殺へとウリナラファンタジーは超進化を遂げた。
東亜日報/「朝鮮人虐殺に日本軍が組織的に介入」 関東大震災の真相を暴露した西崎雅夫
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2013083194878
<引用開始>
「朝鮮人を10人ずつ縛って軍人が機関銃で殺した。死ななかった朝鮮人は線路に並べて石油をかけて焼いた」

「臨月の女性の腹を縄で縛って川に投げた。すると赤ん坊が生まれた。2人はへその緒でつながれたまま川に流された。本当に悲惨だった」


「朝鮮人の死体は魚市場で大きな魚を運ぶように足首を鉄の鎖でつながれ、警察署まで運ばれた」


1923年9月1日に発生した関東大震災から90年が経ち、当時、東京一帯で強行された朝鮮人虐殺を伝える3冊の証言集がまとめられた。著者は西崎雅夫氏(53)。西崎氏は30日、東亜(トンア)日報とのインタビューで、「日本政府は、関東大震災時に起こった朝鮮人虐殺と関連して、軍や警察の関与を隠したり縮小してきた。しかし、日本軍が直接朝鮮人を殺害し、警察がデマを流したという多くの証言がある」と強調した。西崎氏は、日本社会が当時の教訓を直視しなければ悲劇が繰り返されると警告した。


「当時、日本軍が朝鮮人を殺すと、一般民衆は『万歳』を叫んで歓迎した。朝鮮人が殺人や放火をしているというデマを信じ、軍が自分たちを守ってくれると考えたのだ。これが契機になって日本軍はファシズムに突き進んだ。政府が中国と北朝鮮の脅威を利用して自衛隊を国防軍に変更しようとする最近の動きも同じ流れだ。歴史は繰り返す」


西崎氏は中学校の元英語教師だ。健康上の理由で10年前に退職し、「関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会」の仕事に専念してきた。西崎氏は証言を集めるために4年間、東京の公立図書館で資料をさがし、数万冊の本を閲覧した。


――どんな証言が多かったか。

「日本の警察が『朝鮮人が井戸に毒を入れた』というデマをねつ造して民衆が自警団を作って朝鮮人を虐殺したという内容だ。日本軍が直接殺したという証言も多い。妊婦もお腹に爆弾を隠しているといって殺した。上海臨時政府がその年の12月5日付の独立新聞に、6661人が犠牲になったと報じた。しかしこれも確かな数字ではない」


――当時、日本政府はどのように対応したか。

「国際社会の批判を恐れて、日本軍が殺害した事件を除いて民衆が殺害した事件だけ一部裁判にかけたが、ほとんど執行猶予などの軽い処罰で終わり、4ヵ月後の皇太子の結婚式の時に皆恩赦を受けた。日本政府はむしろ朝鮮人の暴動証拠が発見されなかったため、無理に証拠を作ろうとした」


――日本人たちの反応は…。

「ほとんど知らずにいたが、話を聞いて『ショック』を受ける。そこから日本の将来を考えるようになる。最近、高校教科書で関連内容を記述した箇所が削除されているが、日本はますます過去に戦争を行なった原因を忘れつつある」


西崎氏は、市民団体とともに朝鮮人虐殺に対する日本の国家責任を問う署名運動を6月から展開している。現在500人余りの署名が集まった。今年の年末まで署名を集め、国会衆参両議院の議長に対して真相究明を求める請願を出す予定だ。
<引用終了>


関東大震災で朝鮮人が虐殺されたことの真偽については
[緊急] 「国民よ、自虐史観と朝鮮人による虚構を崩壊させよ! 街宣 in 近江八幡」の報告
でも語ったとおり、そのようなことが起こり得ないこと、また、それが起きたと主張する者らの証言の信用性については諸君らも分かっているぢゃろうが、今回は別の視点からそのようなことが起こり得ないことを証明しよう。
それは大韓帝国の廃皇太子、李垠がどのような生涯を送ったかを知れば一目瞭然ぢゃ。
Wikipedia/李垠
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E5%9E%A0
<引用開始>
1923年(大正12年) 7月 - 歩兵大尉に進級。
11月29日 - 陸軍大学校卒業(35期)。近衛歩兵第2連隊中隊長。

1924年(大正13年)12月 - 参謀本部附。
1926年(大正15年) 4月 - 李王(李家当主の地位)を継承し、李王垠となる。
7月 - 参謀本部員兼朝鮮軍司令部附
(中略)

1934年(昭和9年)4月 - 王妃とともに京城訪問。朝鮮神宮で行われた郷軍全鮮大会に臨席。
1935年(昭和10年)8月1日 - 歩兵大佐に進級。宇都宮の歩兵第59連隊長。
1937年(昭和12年) 4月18日 - 王妃とともに朝鮮訪問(25日まで)。
3月1日 - 陸軍士官学校教官。
8月2日 - 陸軍予科士官学校教授部長

1938年(昭和13年) 7月15日 - 少将に進級。
(中略)
1939年(昭和14年)1月~ - 北支戦線の巡視。山西方面の太原、臨汾、運城。山東方面の済南、徐州、青島。
(中略)
8月1日 - 近衛歩兵第2旅団長。
10月 - 王妃とともに朝鮮訪問。北支方面からの凱旋を宗廟に報告。

1940年(昭和15年) 5月25日 - 留守第4師団長。
12月2日 - 陸軍中将に進級。

1941年(昭和16年) 7月1日 - 第51師団長。
(中略)
12月5日 - 朝鮮の京城を訪問。

1942年(昭和17年)8月1日 - 第1航空軍附。
1943年(昭和18年)7月20日 - 第1航空軍司令官。
<引用終了>


西崎雅夫なる輩の言うとおり、大韓帝国の廃皇太子、李垠の耳に入ることなく関東大震災時に日本の官憲が朝鮮人を6661人虐殺することが可能ぢゃろうか?

そのようなことあろうはずがない!

「人の口に戸は立てられない」という。

李垠には朝鮮人のお付きの者が大勢いたし、彼は関東大震災発生から終戦まで4回も朝鮮を訪れておる。
その間に関東大震災時に朝鮮人を大量虐殺したことが彼の耳に入ったら彼は抗議の自殺をするか少なくとも軍を辞めていたはずぢゃ。

李垠は同じ民族の者が大量虐殺されているのを尻目に陸軍内でとんとん拍子に出世するような人でなしなのか?
これでわかるぢゃろう。
関東大震災時の朝鮮人大量虐殺が起きたと主張する者らの証言の信用性が。

朝鮮人とそのシンパどもはみな
併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達
一、朝鮮人は虚言を弄する習癖を持っているので絶対に信用せぬこと。公に証言させる場合は必ず証拠を提示させること。

この言葉に表されるように大嘘つきなのぢゃ。

我々日本人は日本を貶める朝鮮人とそのシンパどもの吐く大嘘に騙され、日本と自分たちの先人が悪行をアジア人に為してきたと信じ込まされてきた。

朝鮮人とそのシンパどもの吐く大嘘を信じるとそれは1万と2千倍、いや、1億と2千倍に膨れ上がり、日本と自分たちの先人の名誉がそれだけ深く傷つけられる。

ぢゃから、
[韓国人必見!! 日本人に反省を迫る中国人!! ]
謝ってはいけません。
筋の通らない理屈を言ったら、100倍制裁をしなさい。


[米軍による韓国兵の扱いマニュアル]
1.韓国人には強気で押せ。抵抗する場合は大声で命令しろ。
2.命令を聞かない場合は身体で解らせろ。
3.同じことをくり返す場合、犬のように何回でも同じ様に叱れ。こちらが上と言うことを身体で解らせろ。
4.理由は聞くな。どうせ大したことは言っていない。


[併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達]
一、朝鮮人は虚言を弄する習癖を持っているので絶対に信用せぬこと。公に証言させる場合は必ず証拠を提示させること。
一、盗癖があるので、金品貴重品は決して管理させてはならない。
一、職務怠慢、手抜きは日常茶飯事であるので、重要な職務は決して任せてはいけない。食品調理、精密機械の製作等は決してやらせぬこと。
一、遵法精神がなく規則軽視、法規無視は日常の事である。些細な法規違反でも見逃さず取り締まること。
一、朝鮮人には日常的に叱責の態度で接すること。勝利感を持つと傲岸不遜となるので決して賞賛せぬこと。
一、朝鮮人を叱責する際は証拠を提示し、怒声大音声をもって喝破せよ。



朝鮮人とそのシンパどもにはこれらの言葉通りに接し、虚言を吐くことを許さず、彼らのウリナラファンタジーが超進化を遂げることを断固拒絶しなければならない。

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